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鎌倉時代(約800年前)、臨斉宗の開祖である栄西禅師が中国より種子を持ち帰り、京都の高僧 “明恵上人”が「武蔵河越の地」に栽植したのが狭山茶の始まりと伝えられています。当時は 「河越茶」 と呼ばれており、その頃より山城、大和、伊勢、駿河と並んで我が国の名園五場のひとつでした。
それが、江戸時代に生産地が広がり 「狭山茶」 になったのです。 川越から狭山地方一帯に発達した茶は、現在狭山丘陵地である、狭山市、入間市、飯能市、川越市等が中心地となっており、日本でも屈指の茶産地となっております。
仕上加工は、古くから 「狭山火入れ」 と称される独特の技術が生かされています。この技術により
「狭山火香」 という独特の香りがつき、味は渋みの中に“こく”があり“甘み”が強いことが狭山茶の特徴になっており、 「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」 と謡われています。
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